今日、木曜日は休診日。
開業場所である練馬区役所へ用があり、足を運んだ。
西武池袋線練馬駅をおりると、似たような、どこかで見たことがあるような男性が向こうから歩いて来た。
ジャケットを2着はおっているかのような肩幅。
身長は178ぐらいか。
存在感のある歩き方。
一見ゴツく近寄り難いが、反比例するかのように人なつこい目をしている。
私はその男から目をそらすことができなかった。
向こうも(なんだ?)という顔で私を見る。
そのまますれ違ったが、私は立ち止まり、振り向いた。
男も立ち止まり、私を目を凝らすようにして見た。
あご髭をたくわえ、めがねをかけていますが、間違いない。
「Nか?」
私が声をかけると、
「尚登か!?」
なんと、やはり小中学校の同級生のN君だった。
小学校ではなぜか同じ班になることが多く、席が決まって私の後ろだった。
「ちょっと待って」
彼はいって、改札口へ早足に歩いた。
どうやら仕事関係の見送りらしい。
見送ってから、私のところへ戻って、
「よく俺だとわかったな。お前が振り向かなければわからなかったよ」
ボディビルで鍛えた上半身を揺するようにいった。
「ちょっと気になってさ。あれって思ったんだ」
Nと会ったのは、12年ぶりだ。
東京のほんの点のような場所で。
こんな偶然ってあるのでしょうか。電車一本遅れれば、まず会うことは無かっただろう。
お互いの近況を話した。
「いま何やってんの?」
そう訊くNに、私は名刺を差し出す。
「え? 施術??」
これまでのいきさつを話すと、それが膨らみ、田舎での出来事に話が進んだ。
Nは物語を書く才能が抜群だった。
小学生のとき、毎週全校集会で、学級紹介という催し物があった。
1年生から6年生まで、各1クラスづつ紹介しながら歌をうたったり、どんなクラスかを寸劇で披露するワンコーナー。
Nは私たちのクラスで行う寸劇の脚本を書いていた。
それも毎回である。
休み時間に書いて出来上がりという速さだった。
その脚本はストーリーがしっかりして、セリフも無駄がないものだった。しかも最後にオチがちゃんとついていて、笑いをとるなど計算された周到なものだった。
なぜこう感じたのかというと、私がNの代わりに寸劇の脚本を書くことがあったからである。
ストーリーは浮かんでこないし、セリフも浮かんこない。
真っ暗な洞窟のなかを、ひとりで手探りで歩いているようだった。
また、寸劇は必ず笑いをとらなければならない、という暗黙の了解があった。
いかに観ている先生、生徒を笑わせるかという。
私は苦肉の作で、活発な男子生徒に女子生徒の役をやらせて、なんとか笑いをとることができた。
後にアマチュア演劇で脚本を書くことになったときも、ストーリー、セリフがスムーズに浮かんでこなくて、うんうん唸ったりした。
ストーリーを書いていると、いつもさっさと完成させるNを思い浮かべていた。
現在Nは文筆業ではないらしい。
私は彼の才能をもったいなく思い、
「おまえ才能があるのだから時間を作って書いたほうがいいよ」
と、大きな御世話を焼かずにはいられなかった。
話は尽きず、なんど信号が青に変わっただろうか。
お互いやることがあるので、携帯の番号を交換して、別れた。
施術院にもどって、内装の配置の手直しをしていると、電話が鳴った。
Nからだった。
今度受けに行く、と彼はいった。
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