「高久先生!!」
昼休みに、施術院近くを歩いていたら、大きな声をかけられた。
振り向くと、どこかで見たことのある女性。
年は20代前半ぐらいだ。
茶髪で、丸顔、目が大きい。
まゆ毛は細くも太くもなく、ちょうど良い感じ。
身長は160センチあるかないかぐらい。
さて誰だったろう?
一緒に小さなお子さんが二人。
服装と髪型からして、女の子のようだ。
小学生ではないだろう。
3〜5歳ぐらいか。
「ああ、こんにちは」
と言いながら、私は必死に記憶をたぐり寄せた。
クライアントさんではない。
しかし、大泉学園で会ったことのある人。
ああ、思い出した!
新聞拡張員の女性だ。
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開業当初、どこで私が開業したのを知ったのか、
様々な業者さんが足を運んで来てくれた。
電話料金が安くなるという営業マン、
チラシ広告の営業マン、
電気看板にしませんかと進める営業マン、
タウン誌に広告を出しませんかという営業マン、
コピー機はいかがですか、という営業マン、
◯◯マッサージですが、うちとコラボしませんかという某社長。
業種を名乗らずに、まずは話だけでも聞いてください、という怪しい人。
すべて丁重にお断りを差し上げた。
あまりに多く訪れるので、玄関に、
『セールス、勧誘はお断りします』
というプレートを貼った。
それでも訪れる業者には、厳しい態度でお断りをした。
予約制なので、時間の中断は、私もクライアントさんも、一番困るのである。
その業者さんのなかに、彼女がいた。
それも、朝イチで準備をしているときや、お昼休みのときに足を運んできた。
こちらの事情を察しているようで、頭の良さを感じた。
「◯◯新聞とって下さいよっ
クライアントさんも待ってる間読むと思うしっ いーじゃないですか!」
と笑顔とノリの良さで、おしてくる。
あいにく予約制なので、新聞を読んでいる時間がないのである。
着いたらすぐ着替え、という流れなのだ。
というようなことを伝えて、断った。
すると、今とってくれたら折込み広告に無料で載せますから、との返事。
私は、折り込み広告で施術院に足を運んだ経験がないので、それもお断りした。
すると彼女は、クリアファイルと折り込み広告の料金表を置いて、去って行った。
料金表はともかく、クリアファイルはありがたかった。
資料をまとめるのに、買おうを思っていたから。
材質もしっかりしていて、ペラペラではない。
日を置かず、彼女が朝早くやってきた。
「先生!どうですか!? あ!うちのクリアファイル使ってますね!」
朝8時10分。
見た感じ、右の肩に力が入っている。
左足に重心をかけた立ち方。
結構つらそうだ。
つらいのを隠して、明るく大きな声。
「クリアファイルありがとう。しっかりしていて使いやすいので助かっています。
せっかくだから、お礼に、君の右肩を楽にしたいんだけど、整体してもいいですか?」
「え? 右肩って、なんでわかるの??」
「そりゃわかるよ(笑)」
「ただでいいんですか?」
「もちろん。立ったままでできるから」
両腕を回すように伝えた。
やはり右腕が回しにくいようだ。
私は、最初に立ったままで、軸の調整をした。
彼女の調整前にぐらついていた体が、調整後、ぐらつかなくなった。
「え?え?え? これなんですか!?」
話をすると集中力がきれるので、後で説明しますと伝えた。
今度は、左太ももの内側を調整。
「これ痛い?」
「イタイ!」
「こうすると?」
「あれ? 痛くない……なんで?」
「今度は右の肩。まわしてみて」
「右の肩つらいんだよねー」
立ったままで肩関節の調整をした。
「あれ?さっきより回る。なんで???」
5分もかからなかった。
「先生、もしかしてマジシャン??」
「そう、前は手品師だったんだ」
私は、ジョークで返した。
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彼女と最後に会ってから、1年以上過ぎている。
よく私のことを忘れないでいてくれたものだと、感動した。
今日の東京・大泉学園は小雨がぱらついている。
「◯◯さんを、先生に紹介しましたから、
◯◯さんが来たらよろしくお願いします!」
「ああ、どうもありがとう」
私は紹介よりも、覚えていてくれていたのがうれしかった。
「Fさん、先生にやってもらってから調子いいっていってましたよ!」
「F・Tさんて、君が紹介してくれたの?」
「はい」
私は礼をいった。
月に一度、体の調整に訪れているFさんは、ホームページを見てきましたと言っていたが、実は彼女からの紹介だったんだ。
こんど聞いてみよう。
紹介で、と言わなかったのは、ホームページを見た人は初診料2千円無料と書いているからかもしれない。
紹介の方も初診料金無料なのだけど。
「娘さん?」
「うん。ほら、あいさつは!」
「こんにちわ〜〜」
年上の娘さんが、地面に頭が着くぐらいのお辞儀をした。
私も返した。地面に頭がつくぐらいではなかったけど。
「大きいお子さんがいるんだね」
と私がいうと、小さい娘さんが、おかーさん帰ろうと泣き出しそうだ。
小雨がまだぱらついている。
通りの人は、傘をさしていない人が多い。
彼女は、傘を持っていない。
「あ、気がつかなかった。俺の傘もってって」
すると彼女は、ここから歩いて10秒もたたない駐車場に指を差して言った。
「あ、いいんです、すぐそこに車とめてますから」
「子供さん濡れるから」
「ありがとうございます! でも大丈夫です!」
それでも進めると、やはり受け取らなかった。
まあ、さすほどの雨足でもないことは確かだ。
「風邪引かないでね」
別れのあいさつを交わすと、上の娘さんが、深々とお辞儀をして、
さよ〜〜なら〜〜っ と言ってくれた。
この日の午後、私の施術が、今まで以上に冴えた気がした。
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